からだにふれて「こころ」とであう。こころにふれて「からだ」とであう。まるごとのじぶんがここにいる。
紹介:﨑山ゆかり(JADTA News 84より転載)
人は踊ることでどうして心が癒されるのか?ダンスセラピーに興味を持つ人にとって、このことは根源的な問いだと思います。 極めて個人的なことになりますが、著者である八木ありささんの名前を知ったのは、今から20数年前。ちょうど奈良女子大学の平井タカネ研究室でダンスセラピーをテーマにした卒業論文に取り組んでいた頃、八木さんの論文に出会ったのです。私と同じ卒業論文で、ダンスセラピーをテーマにここまでしっかり調べてあるんだ・・・と感心すると同時に、とても参考になったことを思い出します。その後もさまざまな学会で八木さんの丁寧な研究発表に出会うたび、コツコツ地道な作業をしっかり積み上げておられるんだなぁ~と思っていました。そんな八木さんのこれまでの研究の集大成でもあるこの著作は、豊富な資料に裏打ちされたダンスセラピーの貴重な文献であることは間違いありません。
みなさんはダンスが心理療法になりえると思いますか?体験的または感覚的になりえるというのではなく、理論的にその説明が可能でしょうか?本書の第1章では、踊ることが私たち人間にとって欠かすことができない存在であることを、舞踊の起源や特性をなど辿りながら、セラピーの手段として舞踊が存在するための理論的基盤が示されています。舞踊の歴史にふれながら、私たちは改めて日本独自のダンスセラピーのあり方の源泉を知ることができるように思います。 第2章では、ダンスセラピーがどのように成立し、発展していったかについて、アメリカ・ドイツ・日本の状況がしっかりと示されています。私にとって海外のダンスセラピーは、アメリカを中心に体験するだけだったのですが、八木さんはドイツに渡り、ドイツのダンスセラピーの現状やその資格養成のカリキュラムなど、幅広く研究されており、ドイツでのダンスセラピーのあり方を具体的に知ることのできる貴重な情報が示されています。
第3章では、私たちがダンスセラピーに携わる中でいつも感じる、ダンスがセラピーの手段となりえ、さらにダンスセラピーの何か、どんな要素が心理療法的に機能するのかという治療的要因が述べられています。こころとからだ、カタルシスとダンスセラピー、共感-他者の感情認知とその発達、ダンスセラピーの評価-身体と空間のとらえかた、セラピーを支えるその他の要素、の5つの枠組からダンスセラピー全般の心理療法としての理論的基盤がしっかりと示されているのです。ただ踊るだけではセラピーではなく、こうした理論をしっかりふまえての実践が、ダンスセラピーとして成立するように思います。
第4章では、これまでの八木さんの豊富な実践が示されています。私にとって特に心惹かれるのは、セラピストはセッションでのメンバーの動きをどう分析的に専門家としてみるのかという問題に対し、ひとつの道しるべを示してあるエフォートシェイプシステムなどを活用した箇所です。セラピストが直感として受け止めるメンバーの動きを、如何に客観視できるか、それはセラピストの専門家としての力量が問われていると思うのです。そうした地道な分析作業は、果てしなく困難な作業であり、私自身が最も苦手とするといっても過言ではない領域です。そこを八木さんは時間をかけて、それこそコツコツコツコツ作業を積み重ねてこられました。この向き合い方こそ、セラピストとしてどうあるべきかという姿を示しているのではないでしょうか?
ダンスセラピストという専門職として、まだまだ職域が確立されていない日本において、私たちダンスセラピーに携わる者たちは、それぞれの専門領域でダンスセラピーをどのように学び、活かしていくのか、これもまた私たち一人ひとりの大きな課題です。八木さんの場合は、ソーシャルワーカー養成に携わっておられ、こうした社会福祉援助技術にどうのようにダンスセラピーが活かされるのか、という点もとても興味深いところでした。
本書は、ダンスが好きだからダンスセラピーをやりたい!と思う方にとっては、ある意味難しい内容かもしれません。しかしながら、ダンスセラピストが専門職としてあるためには、あえてこうした理論をしっかり咀嚼していく過程が必要なのだと思います。みなさんの周りにいる素晴らしいセッションをこなしている方々もまた、常に謙虚に学ぶ姿勢で実践を積み重ねておられるはずです。是非ご一読下さい。