内容紹介
21世紀を迎えた今日,私たちの生活は人間の歴史の中であまりに高度なテクノロジーが進展しました。その結果,便利さが進行するとともに,新聞やテレビ,インターネットや雑誌など数多くのマスメディアによって提供される情報は,選択の自由をはるかに超え,いたずらに混乱を招くことになっているようにさえみえます。このような状況の中,私たちは選択のよりどころである「自分」という存在の不確かさと不安定さ,そして他者との関係の煩雑・複雑さに疲れ,心身を硬く閉ざす傾向にあります。近年,幼児保育の領域から「小さな子どもが“疲れたあ”と連発する」という報告を耳にします。また,大学ではチームやグループ活動が中心であるクラブ(部)活動がだんだん少なくなっています。最近,10代から20代の若い人たちに過食や拒食などの摂食障害がみられますが,いくつかの原因の中で,家族との関係,友達関係のコミュニケーションの歪みも原因の一つと考えられています。また,小さな子どもや高齢者そして障害をもつ人など,いわゆる社会的に弱者といわれる人びとに対する攻撃的な事件も多発しているように思われます。新聞やテレビのニュースが伝える事件の原因として,事件を起こした本人にすらその原因が判然としないという奇妙なことがあります。身近な人びととの関係が希薄で,自分存という存在の不確かさ,不安定さからくる閉鎖性と孤独感,そして他者への不信感などの積み重ねが若い人たちの行動に影響を及ぼしているように思えます。ダンスセラピーは,もちろん踊りを憶えたり,憶えた踊りを踊ることだけを意味しません。それは心とからだという自分自身全体を通した自己表現であり,自分一人の活動ではなく他者とのダイナミックな関係を楽しむことを通して自分を取り戻す行為です。私たち筆者は,小さな子ども,中高年者,心身障害者など多様な人びととのダンスやリズム表現をする中で,参加された方たちが,ふと自分の中の新しい力に気づき,他者との関係を楽しむ場になっていることを確認してきました。今,奈良県では中高年者対象の健康の維持増進を目的とした運動の中にダンスセラピーの要素を取り入れた運動実践を展開しています。本書はダンスの療法的機能について,ダンスという行為の特性(第1章),リズムを視点として(第2章),身体のふれあい(第3章),イメージング(第4章)を主題として,心とからだ丸ごとの活動であるダンスが期待される理由や意味,そして実践の工夫などを述べてゆきます。(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
からだが踊る・心が遊ぶ
日常を超える心とからだ
群れることと混沌
ダンスセラピーに用いるダンスの多様な形態
誰もがダンスで楽しめる
Ⅱ
リズムの前進性と音楽の効果
快適なリズム速度
からだの同調
リズムの要素を活かした技法
Ⅲ
円環―結び合う空間,守られた空間
空間の中に生きる身体
他者とのふれあい
空間体験やふれあいの要素を活かした技法
Ⅳ
今ある想いをからだの動きに
イメージの力
ほぐれるからだ
イメージの要素を活かした技法
Ⅴ
知的障害授産施設での実践
地域に暮らす高齢者への実践
知的障害授産施設での実践
精神科デイケアでの実践
中高年対象の健康運動教室での実践