書籍

『タッチングと心理療法 ダンスセラピーの可能性』

﨑山ゆかり著 創元社 2007年 2,100円

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まずこの端的でありながらショッキングな表題に目を奪われて手に取る読者は少なくないでしょう。心理療法、特に精神分析的心理療法において禁忌とされている、患者へのタッチングについての研究に、果敢に取り組んできた著者の集大成の書です。
アメリカにおいてモダンダンサーを中心に始まったダンスセラピーですが、ダンサー出身ではない著者独自の経験が語られることへの期待も抱きつつ読み進めました。
第1章「タッチング―ふれることとふれられること―」、第2章「タッチングの心理療法的機能」、第3章「タッチングとダンスセラピー」、第4章「身体技法に組み込まれたタッチング」、第5章「タッチングの枠組」、第6章「タッチングの活かし方」、第7章「タッチングと心理療法」という章立てで進められています。まず膨大な文献研究の成果に感銘を受けます。第1章でのタッチング研究のレビューでは、私が興味をもっているスターンらによる乳幼児研究も取り上げられています。第2章ではミンコフスキーによる哲学的な「接触」について紹介され、「現実との生ける接触」や、中村による解説にある「反響」といったことばは、スターンによる自己感の研究との共通点も感じました。
第3章ではパイオニアと言われるダンスセラピスト達のタッチングに関する考え方がまとめられており、また第4章では身体に着目したさまざまな心理療法におけるタッチングの位置づけがまとめられ、どちらもダンスセラピーを学ぶ者にとっては大変ありがたい研究だと思います。またダンスセラピーを知らない読者への紹介としても重要な役割を果たすことでしょう。
第5章・第6章では、著者自身の経験から、タッチングを用いたセッションのモデルや枠組について、対象者別のグループへの実践が紹介されています。枠組は非常に重要で、対象者の身体自我と身体境界の明確さについて強調されています。ダンス・ムーブメントのリズム性を利用した「ほどよい」タッチングについても述べられ、また集団療法ではふれることとふれないことの選択肢がある、という点が重要な特長であることが示されています。
そして最後に第7章で再び理論に戻り、心理療法におけるタッチングの機能と逆転移の問題に鋭く切り込んでいきます。タッチングを禁忌とすることは、セラピスト自身の問題も大きいのだという指摘がなされ、禁忌の背景にある「セラピスト自身の身体観の不確かさ」に対してはタッチングを用いない心理療法を行うにあたっても「ある種のトレーニングが必要」であろう、と心理療法全体への課題が投げかけられています。アメリカと日本の心理関係団体の倫理綱領における触れることの扱われ方も丁寧に調べられており、インフォームドコンセントの重要性を示した上で、「広義の心理療法としてのタッチングとその活用」を提案して閉じられています。
タッチングと乳幼児期の体験は密接な関係を持ちます。乳幼児はふれること・ふれられることによって自我境界を明確にしていきます。しかし、私自身は、発達障害児と接する中で、抱かれることを激しく嫌がる子どもや、マットなどにきつく包まれる感覚に浸る子どもなどに出会い、彼らの不思議な体験世界を知ることができました。抱いてあやすと余計に反り返って泣く子どもの姿に、子どもは抱かれると安心するもの、という前提が覆されました。
動物科学者で自閉症のテンプル・グランディン(1986)は「自閉症児にタッチングの快感を教えることと、海底にのみ込まれるような恐怖でパニック状態を引き起こさせる状態との差は紙一重である」「体が肌の触れ合いを求めていながら、触られると、痛みと混乱を感じて体を引いてしまう」と述べています。健常者と言われる人達が体験し得ることのない感覚をいかにしてセラピストは理解することができるのでしょうか。私自身の今後の課題でもあります。著者﨑山さんが今後、実践の対象を広げられ、また個人セッションについても報告されることを期待します。
ダンスを踊れる人でないとできない、というようなダンスセラピーへの先入観を払拭するために、ダンサーではない著者の主張は説得力をもつと思われ、まさに「ダンスセラピーの可能性」を示す書であると思います。

中めぐみ(臨床心理士)
(JADTA News #84より転載)

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