概 略

ダンス・ムーブメント療法とは

概 略

(1) 内容

ダンス・ムーブメント療法(通称ダンスセラピー)とは、身体の動きを通して精神的治療を行うものを指す。技法としてはダンスと身体動作(ムーブメント)が使われる。身体から身体へ、言葉を介さず相手に働きかけ、内省や対人関係の変容を目指すものである。

(2) 歴史

20世紀前半のモダンダンスの流れをくみ、第二次大戦前後、米国のダンサー達が精神病院で統合失調症者に関わったのが始まりである。その後主に分析的理論を取り込みながら発展し、1966年には全米組織が作られた。
本邦では1980年代から試行錯誤が繰り返されつつ拡がり、現在は病院や福祉施設、デイケア等で施行されている。

(3) 理論

ダンスセラピーはまず実践が先にあり、それに当時の米国の状況を反映してさまざまな分析理論を取り込み ながら発展していった。

創始者の一人であるモダンダンサーのチェイス(M.Chace)は、サリバン(H.S.Sullivan)の対人関係論に影響を受け、「ダンスはコミュ ニケーションである」と語っている。「心と体は相互に関連し合い、その統合されたものが個としての存在である。従って体を通してその心にアプローチできる し、また体を通して他者との交流も可能である」という考え方が、ダンスセラピーの基礎となっている。

他に、ホワイトハウス(M.Whitehouse)は、ユング心理学をベースに能動的想像法を積極的に導入した。また、シーゲル(E.V.Siegel)は精神分析理論に基づき、動作の解釈をすすめた。身体譜で知られるラバノテーションも応用されている。また、シュープ(T.Shoop)はパントマイムとユーモアの両方を一緒に用い、ユーモアが持っている治癒力に注目した。さらに患者の幻想は抑圧するのではなく、患者とともに幻想の世界に飛び、そしてそっとこの現実世界に着陸するのが良いとするなど、ユニークな理論と方法を展開した。

日本においては、型が決まっている伝統的な舞踊や、簡単な振付があるものを用い、安心して集団の中にいられることも重んじている。また舞踏を応用したものや野口整体の活元運動、野口体操を応用したものもある。現在は海外のセラピストとの交流もさかんになり、海外のセラピストの理論を応用する一方で、それぞれのセラピストが探求している段階でもある。

治療的意義・効果

ダンスセラピーの特徴は「身体」を扱うことである。運動療法で扱う生理的・物理的な体を「肉体」と呼ぶなら、「身体」はそれに加えて自分の体のイメージ (身体像)や自分としての体(身体自我)などからなる統合的な概念である。身体を通して非言語的交流を行うので、情動の活性化がしやすく、治療的介入を行 いやすい。攻撃的、防衛的など、その個人の性格や対人関係のあり方は、姿勢やしぐさ、例えば歩き方や背中のこわばりなどに現れる。体を見れば彼の普段のあ り方がわかり、体をほぐせば緊張は低下する。

セッションの中では、「自己と関わる」と「他者と関わる」という2つの過程が、同時に進行する。前者では、身体表現を通して象徴的自己表現を促すことに より、内省が深められる。後者では、他者との身体的関与によって、対人関係が変わる。例えば二人組で一つの動作を共有し続けると、徐々に感情の交流が起こ り、信頼感が生まれる。

治療的実践

(1) 適応・禁忌

対象は健常者から心身症、神経症、うつ病、統合失調症、パーソナリティ障害、心身障害児、高齢者、被虐待者やPTSDまで幅広い。慢性の統合失調症のような言語的接触が困難な者、神経症レベルの防衛が強い者や、心身症や摂食障害など身体性を帯びた病態の者には、特に効果的である。

いずれの場合も、身体接触は過剰な情動刺激となりやすいため、四肢末端や背部などの比較的安全な部位から慎重に行う必要がある。性的なニュアンスのある 動作や接触は避ける。言語的精神療法をしている治療者と患者は、不要な転移を起こさないよう身体接触は避けなければならない。

(2) 構造

個人又は集団を対象とする。人数は5~10人の場合が多いが、技法によっては100人以上も扱える。使用する空間は静かでゆとりを持って動ける広さで、 じゅうたん敷きなど横になれるとより良い。セッションは通常ウォーミングアップ、テーマの展開、クロージングの順に行われ、時間は30分から2時間くらい、週1~2回から月1回程度のことが多い。

使われる身体技法としてはモダンダンスが多いが、舞踏や気功、民族舞踊、ジャズダンス、アレクサンダー・テクニック、自律訓練法などもあり、施行者に よって異なる。またダンスに限らず歩行、発声、二人組で体を揺らす等さまざまな動作(ムーブメント)も使われる。「いま、ここで」の即興性が重視される。

音楽は、日本語の歌など意味がある曲は使わない。明るい曲、静かな曲、リズミカルな曲などが目的に応じて使われる。リズムの効果的な使用は、感情と行動 の活性化を助ける。しかし内省を深める時は、音楽は使わない方が多い。楽器や小道具(薄い布、ボール等)も随時使われる。

施行者には何らかの身体技法の経験と心理学的知識が必要で、集団精神療法や芸術療法、解剖学にも通じていると、より安全にセッションを深めることができる。

欧米では、動作による自己表現と言語化が繰り返し促されるが、本邦では積極的には言語化せず、意識と身体との調和に重点を置く傾向がある。

(3) 文献

セッションの具体例については、文献を参照されたい。

過食症や抑うつ患者らへの施行例を集めた『ダンスセラピー』(ヘレン・レフコ著、平井タカネ監修、 創元社、1994)、ユング心理学に基づいた『ダンスセラピーと深層心理』(ジョアン・チョドロウ著、平井タカネ監訳、不昧堂出版、1997)、米国で教 科書的に使われているL.Bernstein,ed. “Theoretical Approaches in Dance-Movement Therapy” Vol.1&2, Kendall/Hunt Publishing Company, 1984、あるいはF.J.Levy “Dance/Movement Therapy A Healing Art” American Alliance for Health,Physical Education,Recreation and Dance, AAHPERD改定第2版2005、精神分析家でもあるダンスセラピストによって書かれた”Dance-Movement Therapy:Mirror of Our Selves” E.V.Siegel, Human Sciences Press.Inc, 1984などがある。

国内では日本ダンス・セラピー協会のテキストとして概論と実践論についてまとめられた「ダンスセラピーの理論と実践―からだと心へのヒーリング・アート」(平井タカネ監修、大沼幸子、﨑山ゆかり、町田章一、松原豊編集、ジアース教育新社、2012年)、ダンスセラピーの入門書として「ダンスセラピー入門―リズム・ふれあい・イメージの療法的機能」平井タカネ編集、岩崎学術出版社、2006)、タッチングの研究をまとめた「タッチングと心理療法―ダンスセラピーの可能性」(﨑山ゆかり、創元社、2007)、ダンスの歴史とダンスセラピー研究をまとめた「ダンス・セラピーの理論と方法―舞踊心理療法へ向けての序説、彩流社、2008」、精神科臨床におけるイメージやファンタジーを用いたダンスセラピーの実践例と紹介した「ケアに活かすダンス&ファンタジーセラピー ―癒しの臨床―」(大沼小雪、M.Cミューズ、2008)など。